関塾ひらく「インタビュー」 各界で活躍する著名人に教育や経営をテーマとしたお話を伺いました。
株式会社TBM 代表取締役 山ア 敦義 氏
スポーツを通して社会の課題解決に貢献したい
 


 ラグビーひと筋の小中高時代、コーチとして指導方法を模索した大学時代を経て、 「スポーツで人を育み、未来を築く」というビジョンを描き、25歳でNPO法人を立ち上げた小林忠広氏。 これからのスポーツ指導者、そしてスポーツのあり方について伺いました。

Profile
 1992年生まれ。NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブ代表理事。慶應義塾高校時代にラグビー部主将として全国大会に出場。その経験を生かし日本ラグビー協会U20日本代表総務補佐、日本オリンピック委員会の臨時雇用員を経て、NPO設立に至る。社会におけるスポーツの価値向上を目指して活動中。

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブの活動
 ホームページやFacebookなどを通して情報発信を続けながら、ワークショップやゲストを迎えての講演会などを開催しているNPO法人スポーツコーチング・イニシアチブ。スポーツ指導者がつながり、学び合う場として、広がりをみせていま

■今のままの自分では何もできない

 ラグビーを始めたのは小学5年生のとき。以来ずっと、全国大会の舞台“花園”に立つ日を夢見て、練習に打ち込んできました。高校3年生のとき、ついにキャプテンとして全国大会に出場したのですが、結果は3回戦敗退。食事も遊びも全ての時間をラグビーのために費やしてきた私は、その日を境に、抜け殻のようになってしまいました。
 その頃、学校のスタディツアーで訪れたカンボジアで、スラム街に住むある母子と出会ったんです。母親と二人の息子はエイズに罹患しており、原因となった父親は蒸発。「飲み水を汲みに行くにも片道1時間かかる。稼ぎがないから死ぬしかない」と泣き出すその女性を目の前にして、愕然としました。自分が今までいかに幸福な環境でラグビーをしてきたかを思い知らされ、彼らのために水を汲むくらいのことしかできないことに無力感を覚えました。
 さらにカンボジアから帰国して一週間後、東日本大震災が発生したんです。ボランティアとして現地に行って泥かきなどにも参加しましたが、これだけしかできないんだと、再び自分の非力さを感じずにはいられませんでした。片や、あまり年の変わらない大学の先輩たちが被災地の支援のために行動を起こし、実際に貢献している。その姿を見て、「今のままの自分では何もできない」と痛感しました。18歳のときに体験した二つの出来事が、現在の活動の起点であり、原体験です。


■“スポーツコーチング”との出会い

 世界には、自分には太刀打ちできないことがたくさんある。ただ、自分一人の力では解決できない多くの社会問題も、みんなの力を1%ずつ底上げできれば、その分だけ早く解決できるんじゃないか。底上げのためには「教育」が重要なのではないか。そんなふうに考えるようになり、ラグビーから距離を置いて、自分にできることを模索し始めました。
 ちょうど大学で取り組むべきことを探していた時、中学時代の恩師に母校でコーチをしないかと誘われます。ラグビーから距離は置いていたものの、練習に行くとやっぱり楽しい。自分の軸となるのはラグビーだと改めて感じるようになり、次第にコーチとして指導することに没頭していきました。  しかしいざ始めてみると、例えばコーチとしての振る舞い方や生徒との関わり方など、指導方法をどこで学べば良いのか分からなかったんです。いわゆるビジネスコーチングや著名なスポーツ指導者の本はありますが、根本的なことは学べませんでした。
 私が現役時代に受けていたのは、時に厳しい言動とともに選手にプレッシャーをかける“プッシュ型”の指導で、当時から少なからず疑問を感じていたのですが、現場では同じような指導方法が依然として続いていました。こうした中で実際に教えてみると、指導の難しさを実感するとともに、学ぶ場所がないために自身の指導方法に疑問を持ったり見直したりするチャンスがない、という問題点が見えてきたんです。  大学2年生のとき、もっとコーチングについて学びたいと考え、日本ラグビー協会のコーチングディレクターだった中竹竜二さんにコンタクトを取り、彼の下で活動する機会を得ました。そうした中で知ったのが、アメリカのNPO法人「Positive Coaching Alliance(以下、PCA)」で、彼らが考案した「ダブル・ゴール・コーチング」というメソッドでした。

■勝つことと人間的成長の両立

  勝負が明確である点がスポーツのおもしろみであり、醍醐味です。ただ、勝つことを追求するあまり、そのプロセスが歪められてしまうケースも少なくありません。また、部活動などで何か問題が発生しても、コーチ個人の指導方法が原因とされるだけで、根本的な解決には至らないのが現状です。PCAの「ダブル・ゴール・コーチング」とは、スポーツの指導において「勝つこと」とその過程での「人間的な成長」両方の実現を目指すもの。これが、自分が求めていたものであり、スポーツ指導者が学ぶべきメソッドだと思いました。
 例えば、「ホームランを打てたね」ではなく、「ホームランが打てるようになったね」と褒める。結果だけでなく、ホームランを打てるようになるまでの学びや努力を評価する、つまりスポーツを通じた人間的な成長をサポートできる指導者を育成するという考え方です。こうした指導により、生徒の自己肯定力が高まり自信にもつながります。これはスポーツだけでなく、企業の人材育成などにも通じるメソッドではないでしょうか。


■自分の価値観に基づき行動する後押しを

  自分と同じように指導方法を学びたい人がいると信じて、まずは事業性の評価よりもミッションベースで活動を開始。指導者には、コーチングやマネジメント、リーダーシップだけでなく、保護者対応や脱水症状などのシーズンごとの体調管理、応急処置まで幅広い知識が必要です。これらの情報をワンストップで発信する場をつくりたいと考えました。NPO法人を設立して約1年半、「ダブル・ゴール・コーチング」の普及を含め、地道な取り組みを進めてきました。
 課題は、日本には「指導方法を学ぶ」という土壌そのものがないこと。また、異なる競技間で、お互いの領域を超えて学び合うという文化もまだまだ育っていません。そうした中でも、ワークショップなどを通じて、熱意と高い意識を持つ一部の人たちとのネットワークが徐々に広がり始めています。自分たちがまず自分の価値観に基づいて行動し道を切り開く、あるいは行動しようとしている人の後押しとなるようにスポーツコーチングについて一緒に考えたい。NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブという名称にはこういった思いが込められています。
 スポーツを通して人を育て、またスポーツによって健康な心身を育むことが、やがてさまざまな社会問題の解決に貢献できる。事業としての柱づくりを行いつつも、常にこの大きな理想は忘れず、スポーツが秘めた可能性をより幅広い層の方に知っていただきたいですね。。


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