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絆や仲間意識が社風を醸成し社風が人を育てる |
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Profile
1947年長野市生まれ。日本大学工学部中退後、父親が経営する宇都宮乗用自動車商会に入社。1972年、再建のため父とともに長野タクシー株式会社へ。1975年に「理想のタクシー会社」をつくる決意で独立、中央タクシーを設立し社長に就任。“業界の常識”と戦いながら、徹底した「お客様主義」を貫き、県下売上No.1のタクシー会社に育て上げた。2008年より会長に就任。
理想のタクシー会社が追求してきたサービスとは?
理想に燃え、挑戦し続けた日々を綴る著書
『山奥の小さなタクシー会社が届ける幸せのサービス』(日本能率協会マネジメントセンター)。“伝説”ともいえる感動のサービスがいかにして生まれたかが分かる一冊。
■ 絆や仲間意識が気高い社風をつくる
現在当社があるこの土地を初めて見学に来たとき、思わず「まだか?」と聞いてしまったほど、山奥でしょう(笑)。ここへ引っ越したのは平成11年。市内の一等地に自社ビルを持っていたのですが、折しも当社は、長野オリンピック後の不況で3期連続赤字という最大のピンチを迎えていました。給与カットかリストラをすれば話は簡単ですが、それだけは絶対にしたくなかった。本社ビルの年間管理費2000万円を削減しようと決意しました。そして見つけたのが、600坪178万円の山奥の土地。反対の声がなかったわけではありません。当時の人事部長からは「そんな山奥に引っ越せば、40人は辞めますよ」と言われて、正直、動揺しました。でも、どんなことも一度決めたら“やり通す”のが私の流儀です。覚悟を決めて移転したのですが、結局、退職したのは一人だけでした。離職率30%、常に乗務員不足に苦しむタクシー業界で、当社の離職率はわずか2%台です。これは、社内の人間関係や福利厚生を重んじてきた結果だと思います。
タクシー業界は従来、賃金歩合制ですから、個人主義で仲間意識が希薄。でも私は、絆や仲間意識がやがて気高い社風を醸成し、社風が精神面に影響を与えると考えてきましたから、「おはようございます」「お疲れ様でした」「ありがとう」と社員同士のあいさつを徹底させたんです。現在は社員同士が感謝を伝え合う「ありがとうカード」として根付き、3ヶ月間で配ったカードの数を競うキャンペーンでは、5000枚以上配る人もいます。
中央タクシーには、「お客様主義」「お客様が先、利益は後」という2つの理念と3つの基本サービス以外にマニュアルはありません。3つの基本サービスとは、お客様の乗車時にドアを手動で開閉する「ドアサービス」、「自己紹介」、雨や雪の日の「傘サービス」で、あとは現場の判断にゆだねています。乗務員さんが自ら考え、お客様のために行動したからこそ、たくさんの“伝説”とも言える感動のサービスが誕生しました。これは教育の結果ではない。仲間や社風が人間性を磨いてくれるのです。塾も同じではないでしょうか。大人がつくる“場”によって、子どもの人間性が育つような塾があればいいと思います。
■ さらなる飛躍を生んだ常識破りの空港便
タクシー会社は、運賃や保有車両数を国から規制されています。のみならず、車両台数は減車の方針が取られている。この状況を打開しなければ、未来はありません。そこで着目したのが、現在主力となっている「空港便」。長野から羽田・成田などの空港まで送迎する、予約制の大型乗り合いタクシーです。
構想自体は以前からあったのですが、松本空港ではスケールメリットがない。そこでひらめいたのが成田空港への送迎でした。片道5時間、新幹線より安い価格でと当初は8500円でスタートしました。ところが、これがやればやるほど赤字になる。ただ、ご自宅まで迎えに行くので、これまで旅行をあきらめていた高齢者のお客様を中心に反応がよかった。半年後には利用者は10万人に上り、現在は平日で一日40?50台稼働しています。我々らしいサービスもリピーターが多い要因だと思います。
ある年、予想外の大雪で起きた大渋滞によりフライト時間に間に合わず、一泊して翌日出発することになってしまいました。大雪が原因だから責任はないのか。「約束の時間までに空港にお送りする」という責任を果たせなかったわけですから、私の判断で、空港近くの一流ホテルにお泊りいただき、最高級のコース料理を召し上がっていただきました。費用は代替の航空運賃も含め、150万円。しかし、ここで大切なのは、「お客様主義」を実行でき、お客様が笑顔で出発されたことなのです。
■ サービス業の枠を超えお客様の命と向き合う
何よりの最高の教育者は、お客様です。お客様の喜ぶ姿、感謝の言葉一つ一つが乗務員の高揚感を生み、モチベーションを高める。社員満足度はそのままお客様の満足度につながると考えています。中央タクシーのお客様の90%はリピーターであり、交通弱者といわれる高齢者や障害を持つ方です。お客様との密着度は、ほかのタクシー会社には負けません。
私はこれまで、サービスとは無縁だったタクシー業界で、「お客様主義」の理想のタクシー会社を追い求めてきました。なぜなら、運輸業は人やモノを目的地に運ぶという単純作業の繰り返しで、仕事への満足度が得にくい。自分の仕事に誇りを持てない人が多いんですね。これでは駄目だ、付加価値が必要なんだと考えました。「ホスピタリティ」なんて言葉がまだ一般的でなかった時代でしょう。自分の理念が社員に届くまで、毎日毎日繰り返し、20年かけて浸透させました。一万回でも繰り返す。そんな執念がなければ、理念を貫くことはできません。
そして今、私たちの仕事はサービス業の枠を超えたと感じています。お客様にいただいた2通のハガキがそれを象徴しています。
「心配りのある中央タクシー。のって幸せを感じます」。ハガキにはこう書かれていました。ご自宅に伺うと、送り主は、足に不自由があるおばあちゃんでした。おばあちゃんは「本当のことを書いたまでです。街で中央タクシーを見かけるだけで安心します。残り少ない命に幸せをくれてありがとうね」と、最高の褒め言葉をくださいました。
もう一通は、重度の障害を持ち、日常的にタクシーを利用されるお客様から。障害を持っているために、人の言葉に“心”がこもっているかを敏感に感じ取ってしまうというそのお客様が、「電話対応に安心感を感じる」と書いてくださったんです。「500円で生きる気力をいただいた」と。残念ながらこのお客様は先ごろ亡くなられましたが、「ここまで生きられたのは中央タクシーのおかげです」というご家族の言葉は、生涯忘れらないものになりました。
共通しているのは、社員のみんなが「お客様の人生に触れ、安全を守り、“命”と向き合う仕事をした」ということです。私はそんな社員のみんなを誇りに思います。こうした“伝説”は全員で共有し、会長となった今でも、新入社員研修などで語り続けています。
■ 最後に勝つのは俺だ!
息子に会社を引き継ぐとき、後継者として3つの資質が必要だと考えました。「働き者であること」「センスがあること」「運が強いこと」。センスや運は一見、先天的な資質のようで、自分次第でなんとかなるものです。例えば、事故に遭い九死に一生を得たとき、事故にあった不運を嘆くか、助かった幸運を喜ぶか、その違いなのです。どんな逆境でも見方次第。私は、「最後に勝つのは俺だ!」と信じてきましたからね(笑)。
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