|
大切なのは、いかに生きるか、そしていかに伝えるか |
|
Profile
昭和21年生まれ。
東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。近畿通産局長、総務審議官などを歴任し、平成10年に退官。
12年にベンチャーを支援するベンチャー会社・一柳アソシエイツを設立。上武大学客員教授、日本ベンチャー学会理事などの公職の他、ラジオ番組のパーソナリティーも務める。日本のベンチャー企業発展のため幅広く活躍しています。
高級官僚から天下りという道を歩まず、「輝いて生きたい」という熱い思いから、ベンチャー企業を立ち上げた一柳良雄さん。幾つもの壁にぶつかりながらも、逆境をバネに経営の本質を見出してきた逞しさがあり、その表情には自信がみなぎっています。「どう生きるか」を問い続ける一柳さんが大切にしていること、そしてこれからの世を担う子どもたちが何を学ぶべきか、などを語っていただきました。
決意でルビコンの河を渡る
近畿通産局長の頃に、「沈滞している大阪を盛り上げたい」という願いから、ベンチャーコミュニティという勉強会を開きました。「大企業でさえ倒産する厳しい時代に、新たな活路を開くのはベンチャーだ」と話は盛り上がったのですが、現実にはなかなか発展しないままで、「それなら自分でベンチャーをやってみよう」という熱い思いが湧き上がってきたのです。「もっと輝いて生きるために、新しい人生を自分で切り開こう」と心に決めました。
局長クラスで役人を辞めた後は、天下りという道があります。実際に、52歳で退職した後に役所からある会社を勧められましたが、「もうルビコンの河は渡った、後戻りはない」と丁重にお断りしました。
女房は、「お父さん、どうしてそんな大変なことをするの」って、驚いていました。「でも、言いだしたら聞かないから。そのかわり条件があります。絶対、路頭に迷って、生活できなくなることはないようにね」と言う彼女に、「それは約束する」と断言しました。心配ながらも、私の願いを聞いてくれたことには、今でも感謝しています。
淡い期待は無残に散った
54歳でベンチャーを支援するベンチャー会社の「一柳アソシエイツ」を立ち上げました。さっそく役人時代に面識のあった会社に電話すると、「忙しいので会う時間がない」と取りつく島もありません。以前は歓待してくれていたのに、裏切られたような気分で、正直辛かったですね。そんな調子で、95%の人が潮が引くように遠ざかっていきましたが、ただ冷静に考えると、得か損か、利害関係で動くのが世の中だと思い至りました。
この頃に思い出したのが、マザー・テレサの「愛情の反対は何か? それは憎しみではなく、無関心である」という言葉です。彼女は不遇な子供たちのために児童養護施設などを作り、その功績でノーベル平和賞を受賞しました。「子供たちは、憎しみではなく、無関心のために放置されました。無関心が一番の敵、だから愛情を注ぐのです」とテレビで語っていたのをよく覚えています。
立場は全く違いますが、無関心な人にこちらを向いてもらうには、どうしたらいいか…。いいアイデアが浮かばなくて困っている私にある時、通産省の同期が、「本を書きなさい。名刺代わりになるよ」とアドバイスしてくれたのです。そこで『一柳良雄のベンチャー入門教室』を書き上げました。幸運にもこの本がメディアで紹介され、ベンチャーの会合にも呼ばれるようになりました。大会社のトップも会ってくれるようになりましたが、ほんのわずかな時間しか取ってもらえなくて。それも「大変ですね。体は大事にしてください。それでは、さようなら」とあっけないものですよ。関心を持ってもらえるようにはなったものの、ビジネスの話には発展しませんでした。
「三方ほし」が経営の要諦
今度は、別れ際に「次はぜひ話を聞かせてください」と次にまた会える言葉を言ってもらう、その打率を上げるにはどうしたらいいのかと考えました。そして「相手を好きな女性と思えばいい」とひらめいたのです。口説くにはまず、相手を知ることが肝心です。彼女なら誕生日や趣味ですが、会社なら強みや弱み、抱える課題を知って、私がその会社に貢献できること、課題解決になることは何かを勉強しましたね。それを投げかけると、相手の反応がいいんです。情報のクオリティーをさらに磨くと、どんどん打率は上がりました。
ただ、会う人が増える中で感じたのは、長く付き合い、腹を割って相談できる人を何人持てるかが重要ということです。お金だけの関係はお金がなくなれば離れていきます。
売り手よし、買い手よし、世間よしという近江商人の「三方よし」という心得があります。自分だけでなく、相手も社会も喜ぶという商いの精神が、より多くの人を惹きつけ、また、経営として長続きする秘訣です。
若者たちにも、「あのおっさん、いいことをやってくれたな」と思ってもらえるような生き様を残したいですね。
リーダーに求められること
今までたくさんの魅力的な人と出会ってきましたが、最も大きな影響を受けたのは、通産大臣時代に秘書として仕えた田中角栄先生です。政治の様々な舞台での決断力、ずば抜けた行動力を目の当たりにしましたが、よく覚えているのが、「俺にとって嫌な話は、すぐ上げろ」という言葉です。普通はいい話を喜ぶものですが、逃げないんですね。最近、食品偽装が騒がれていますが、問題が起きた時にすぐに対処しないから、騒動が大きくなってしまうのではないでしょうか。
ただ、そんな田中先生も、普段は気さくな人でした。守衛さんにも「ご苦労さん」と気軽に声をかけるんです。誰にでも分け隔てなく接する気配り、思いやりは見倣わせていただきましたね。
成功している経営者は、感謝する気持ち、謙虚な心を持っている人が多く、同時に「責任は俺が取る」という気概があるように思います。
では、不透明な今の時代に、リーダーは何を目指したらいいのでしょうか。私はこう考えます。まず、5年後、10年後の具体的な夢を持つこと。次に、知恵で商品やサービスなどに付加価値を付けて、他の人にはできない差別化を図ること。そして、人間力を養うことだと。「また、あの人に会いたいな」と思わせる魅力を身に付けることです。それには、自分の価値観、原理・原則、ポリシーをしっかりと持つことが大事ですね。
人を教えるための基本とは?
私は、人に教える、指導する立場に立つ上での基本は、礼儀、礼節、嘘をつかない、人の嫌がることをしない、感謝すること、挨拶することだと思っています。それには、まず自ら実践することです。朝会ったら「おはようございます」、良いことをされたら、「ありがとうございます」とお礼を言うこと。人の嫌がるトイレ掃除をすすんでしてみるのもいいでしょうね。
お子さんの教育でも、この基本が最も大事です。あえて言えば、小さい時ほど失敗をさせた方がいいでしょう。自分が失敗すると、他の人が同じ体験をした時の心の痛みも分かります。人は助け合って生きていかなければなりません。だから、人間関係で大切な躾や礼儀を教えることが必要なのです。
保護者の方々も、人間として「かけがえのない自分の人生をどう送りたいのか」を、改めて考えるべきではないでしょうか。子どもにとっていなくなったら困る、大切で魅力ある存在となるために、自分作りに努力すること。それが結果的に、「親の背中を見て、子どもが育つ」ことにつながってくると思います。 |
|
|
|