Profile
1944年岐阜県生まれ。岐阜県立大垣商業高校卒業。イビデンを経て、スーパーマツオカを経営。1985年に発明家で初代会長の故・谷酒茂雄氏と、株式会社タニサケの前身となる谷酒生物公害研究所を創業。「ゴキブリキャップ」を爆発的にヒットさせる。現在は、同社の代表取締役会長を務めながら、積極的に講演活動や社会活動を行う。
“実践”から得た名言を収録
講演会や「タニサケ塾」で語られ、反響を読んだ松岡氏の言葉を収めた小冊子『時を守り 場を清め 礼を正す』『満堂に春を生ず』。飾らない言葉でつづられた文章に同氏の人生哲学が詰まっています。
ゴキブリ殺虫剤などの製造・販売を行うタニサケの創業者であり現会長の松岡浩氏。
社員数35名(内パート社員5名)で毎年20%超の経常利益を誇るタニサケには、国内外の企業が研修や見学に訪れ、
松岡氏主宰の「タニサケ塾」にはその生き様を学ぼうと多くの人が参加します。経営者として人間として、同氏が貫く人生哲学とは?
■時を守り、場を清め、礼を正す
私は人生の中でさまざまな人たちに出会い、その生き様や言葉から多くのことを学んできました。教育哲学者の森信三先生が唱えられた「時を守り、場を清め、礼を正す」もその一つであり、真言として心掛けて実践してきたことです。
「時を守り」とは、「時間」だけでなく「約束」を守ることだとも意識しています。企業人にとって命の次に大切なのは信用です。「100−1=0」つまり一度でも約束を破れば、今まで積み重ねてきた信用は失われてしまいます。
「場を清め」とは掃除をして仕事の場をピカピカに磨き上げること。タニサケはトイレも工場内もピカピカです。人が私のことを“成功者”というならば、成功の理由は掃除を続けてきたことでしょう。特にトイレ掃除は、“人生の師”であるイエローハットの創業者・鍵山秀三郎さんに教わって以来、県道のゴミ拾いと併せると25年以上継続しています。研修に参加される方が、タニサケでトイレ掃除をすると、白い雑巾がどこを拭いても白いままで、感嘆されています。
「礼を正す」とは挨拶をすること。目上の人から先に「さんづけ」で挨拶をすることが大切です。「飾らない者は美しい」のです
■「やらされる仕事」を「やる仕事」に変える
これらの実践一つ一つは平凡なことかもしれません。しかし、重要なのは“継続”すること。当初、社内でトイレ掃除をしていたのは私と役員の2人だけでした。10年ほど経ったころ、社員が「やらせてください」と言ってくれたのです。私の姿を見て、自発的に行動を起こしてくれたことがとても嬉しかったです。それからは、トイレ掃除よりもっと辛い県道のゴミ拾いをすることにしました。
上司が率先して「下座行」(掃除)を継続することで、やがて会社の風土となって根付きます。「やらされる掃除」は苦しいが、自発的に「やる掃除」は楽しみです。「やらされる」人は、与えられた仕事以下しかできません。会社でも学校でも、必要なのは自発的に「やりたい」「自分でやってみよう」と思わせるための上に立つ者の後ろ姿なのです。
タニサケは自称「日本一の知恵工場」です。改善提案制度が27年間続いています。提案すれば必ず報奨金が出ます。提案数は毎月150件前後。集まった提案は、どのようなものでも一つ一つに耳を傾けます。一つ一つ丁寧に検討するのは時間がかかりますが、社員の提案は創意工夫が詰まった宝なのです。「改善は苦しい、だが、その実は甘い」。私自身の体験から生まれた言葉です。
■指導者に求められる4つの条件
社長に求められるのは指導力です。名指導者であるために必要な4つの条件は次の通りです。
一つ目は「人間力」。人間力がある人とは、徳のある人です。「徳は自己犠牲に比例する」という名言があります。自己犠牲とは他人を喜ばせるために自分の時間を使うこと。私は、朝6時半に出社して掃除をしています。「長たる者は部下の誰よりも損をすべし」が私の信条です。
二つ目は「情熱」です。「情熱の行動は運を呼び込む」。私は、周囲をも熱くするような人物を目指しています。もし、燃えない仲間がいれば、自分自身がもっとあかあかと燃えて相手の心に火をつけるよう努力しています。学校や塾などの教育現場でも同じではないでしょうか。先生の仕事は子供の心に夢や志を宿し、人生を生き抜く力を育むことです。先生が燃えていないのに、子供の心に火をつけられるでしょうか。最近は、生徒の成長を願う熱い先生が少なくなりました。
創業後5年ほどして、「人生の師」を求めて、この人だと思うさまざまな業界の人物を訪ね歩きました。本も読みます。本は平面的ですが、人からは立体的に学べるのです。人を訪ねるときに大切なのも情熱です。例えば、ある大手企業の社長にお会いしたとき、面談の最後に滞在先を尋ねられるので、ホテル名を告げると「それでは後で食事にそこまで行こう」とおっしゃったのです。その社長は誰に対しても5分しか面談時間を取らないと有名な方で、周囲の人には「どうやったんだ」と驚かれました。実は、お会いする前に社長の著書などを読んで感想や考えたことをしたためて、約2カ月で40通ものハガキをお送りしていたのです。その情熱があったからこそ、超一流の人に会う機会を得て、学ぶことができたのです。
三つ目は「使命感」。人は使命感を持つことで勇気を与えられて行動を起こすことができます。私は、中小企業の皆さんを元気にするという使命感を持って、1泊2日の無料体験研修「タニサケ塾」を毎月1回開催しています。「タニサケ塾」で指導したり、企業や学校で講演したりしている時、ふと頭をよぎるのは「国家」のこと。「日本はこれからどうなるのだろうか」という危機意識も使命感を後押ししています。そして、20余年にわたり塾を継続することができたのは、私自身が「タニサケ塾」を何よりも楽しんでいたからです。使命を全うするには「楽しむ力」もまた必要です。
最後は「愛情」。縁のある人に感謝し、その人たちを幸せにしたいという気持ちを持って、時に喜ばせたり、時に叱咤激励したりすることが愛情です。「人は愛する人から学ぶ」のです。
■ 頭の偏差値より心の偏差値を
学校での講演や「タニサケ塾」で中高生と接することがあります。終了後は感想文を提出してもらうようにしているのですが、私の話を受け止める子供たちの「素直さ」には、いつも感心させられます。その感想文です。
『長たる者は部下の誰よりも損をすべし』という言葉のように、これからはキャプテンとして自分から積極的に行動して後輩や周囲の人の鏡のような存在になりたい。
(中学2年生女子)
タニサケ塾に参加して自分を見つめ直すきっかけをいただけたので、継続の報告と自分の新たな改善点の確認のため、また参加させてください。
(中学3年生男子)
素直な言葉で自分なりの考えを綴った感想文には心を打たれます。
一方で、先生の中には指導者として本当に生徒のためを思っているのかと憤りを覚えることもあります。生徒たちの声に真剣に耳を傾け、心から生徒を大切にし、「教育界をよりよくしよう」と心掛けてほしい。人生において重要なのは、“頭の偏差値”より、“心の偏差値”です。人の心の痛みが分からなければ、高学歴も意味はないと思います。人は、苦労しなければ他人の気持ちは分かりません。苦労とは人が避けるようなこと、例えばトイレ掃除を自ら引き受けて自分を鍛える。そして、自分が生かされていることに感謝しながら、一日一日を真摯に生きる。こうしたことの積み重ねで、心の偏差値は上げることができます。
「人は人によって磨かれる」。出会いや関わりのなかで磨かれて初めて人間になれるのです。学校だけでなく、学習塾でも誰かを喜ばせるために自分の時間を使える人を育ててほしいものです。家庭であれば、一日5分間の「お手伝い」でいい。一日たった5分間の努力が、自分と周囲の人の幸せにつながります。心の偏差値を高めることも学習塾の使命感になることを祈っています。