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100の情熱が100の知恵を生み出す |
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Profile
1956年山梨県生まれ。龍谷大学法学部を卒業後、PHP総合研究所(現PHP研究所)へ入社。
松下幸之助氏による「一家に一冊」のかけ声のもと、入社以来一貫して「月刊誌PHP」普及を中心とした、直販普及活動に専念する。1993 年普及二部部長、1998年第二普及本部本部次長、2001年第二普及本部本部長を歴任し、2005年取締役に就任。
2011年より代表取締役社長。
“経営の神様”として今も多くの尊敬を集める、パナソニック株式会社の創業者・松下幸之助氏。
幸之助氏が「人類によりよき未来を」という願いのもとに創設したのがPHP研究所でした。
自らも創業者のもとで新入社員時代を過ごし、情熱と思いを受け継ぎながらも、独自の経営を実践する清水卓智社長にお話を伺いました。
仕事は知識ではなく知識×情熱でするもの
PHP研究所が松下幸之助によって創設されたのは、第二次大戦後まもない1946年でした。PHPとは、「繁栄によって平和と幸福 を(Peace and Happiness through Prosperity)」という意味。企業理念そのものであり、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらしたい」という創設者の思いが込められています。国家経営の指導者を育成するために設立された松下政経塾と異なるのは、より人間観や人生観といった人間の本質を追求するための研究所だということです。
私が入社したのは1980年。私たちは幸之助さんの元で働くことができた最後の世代です。当時は「新人と語る会」という会があって、和室で正座しながら訓話を聞くのですが、新人の自分には何を言っているかさっぱりわからない。足が痺れて大変だったことは覚えています(笑)。ただ、現場で働く中で強く記憶に残っていることが二つあります。
一つは、何のために仕事をするの か?ということ。幸之助さんは、現在でいう小学校も卒業していませんが、大卒の新入社員に向かって言うわけです。「知識は君たちに叶わないが、これからPHPの普及活動を一斉に開始したとすれば、絶対に負けない。なぜなら、仕事は“知識”でするものじゃなく、“知恵”でするものだから。知恵とは知識×情熱だ。僕には知識はないけど情熱は100あるから、100の知恵が出る」と。つまり、仕事をする上で、パッションが一番の原動力だということです。私にとって、これは今も考え続けている幸之助さんからの宿題ですね。
もう一つは人との距離の取り方です。幸之助さんは、距離感を埋めてしまう天才だと思います。天下の松下幸之助が「君、何やってるんや」「頑張ってるな」といった具合に新人に声を掛けると、それだけで惚れてしまうのです。立場や年齢の差を越えて同じステージ、同じ目線にごく自然に下りてきてくれる、これは並大抵の経営者にはできないことです。
また、彼は聞き上手だとよく言われますが、その根本にあるのは「聞きたくてしょうがない」という、非常に旺盛な好奇心だと思っています。
発信力を鍛え遺された思いを伝承する
私の入社理由は、幸之助さんの理念に共感したというような立派なものではありませんでした。ところが、土日も関係なく朝から深夜まで全国を飛び回り、社外で著名な経営者たちと会ううちに、“松下幸之助”について逆に教えられることがたくさんあったのです。「外に行ってどんどん恥をかいてこい」というPHPの社風のおかげで、学ぶことができたと思っています。
PHPの採用過程では、筆記試験の点数で足切りはしません。私が重視しているのはずばり“相性”。重要なのは、入室してきてすぐの印象で「この人と一緒に働きたい」と思うかどうかです。幸之助さんが、マスコミに「松下政経塾の採用基準は?」と問われた際、「運の強いやつか愛嬌のあるやつ」と答えたという有名な逸話がありますが、そうした気質が受け継がれているのかもしれませんね。
私自身、採用面接で歌を歌わされましたから(笑)。
1989年に幸之助さんが亡くなって久しいですが、創設者が亡くなることで会社が受けるダメージ、また思いを伝承することの難しさを痛感しています。いまだに強い影響力を持っていますが、実際にその人を目の当たりにしているか否かによって捉え方はまったく違うからです。私たちには、理屈抜きで幸之助さんの姿がインプットされていて、あの人のために頑張ろうと、一冊200円の月刊誌を売るために全国を走り回れる。今の社員に創業者の思いをいかに伝承し、行動に移してもらうかは課題の一つです。
幸之助さんは生前、さまざまな形でスピーチをしており、生涯を通して残したテープの数は3000本以上。PHPは長年これらの音源を文字に起こし、保存することを一つの使命としてしてきましたが、すべてを終えるまであと20年間はかかるといわれています。社員に対して自分の思いを伝えることに、これほど心血を注いできた経営者がいるでしょうか。こうして残された思いを伝承していくためにも、社員には「発信力」を強化するようにと言っています。出版はもともと幸之助さんが自分の思いを発信するための一つの手段であっただけで、その方法や場面はさまざまでいいと思っています。時代が違えばテレビ局だったかもしれないし、あるいは映画会社だったかもしれない。ただし、時代や事業環境が異なっても、“人間の幸福を追求する”という原点だけは忘れずにチャレンジを続けたいと思っています。
「志」は実体験の中で磨き上げてこそ
発信力ともう一つ、社員に伝えているのが「志」というキーワード、そして「志」のブラッシュアップです。経営理念を例に考えてみます。新入社員、管理職、経営者とそれぞれのステージによって経営理念の捉え方は違いますし、また差がないといけない。つまりは、それぞれの立場で実体験に落とし込み、ブラッシュアップしていかなければ、どんなに良い経営理念があっても意味はないということです。
それを体現してもらっているのが、昇任前に行う研修です。半年間かけて、自分で決めたテーマのマーケティングをして掘り起こしていきます。制作部門なら新しい製品を考える、営業部門なら書店以外に新しい販売チャンネルを考えるなど、テーマはさまざまです。日々の業務の中では、課題に気づいていても解決に取り組むことは難しいですから、研修を機に真剣に取り組もうというのが狙い。どんなに良いアイデアも、実務に落とし込まなければ意味を成さないからです。実際に、多くのアイデアが現場で採用され、成果を出しています。
ちなみに私は成果主義が嫌いですから、社員の評価方法はごくシンプル。「日ごろから自らを高める努力をしているか」「職場に好影響を与えているか」「PHPの考え方を自分で理解しようとしているか」など、わずか数項目です。項目数よりも、多角的な評価を重ねる方がいい。
なぜなら、人の評価は基本的には主観であり、客観的評価はできないと思っているからです。一人の評価が主観であっても、何人もの部門長や役員が主観的評価を繰り返すことで客観的評価が生まれるのです。
“社員稼業”の意識で自ら仕事をつくる
今の社会には、「誰かがやってくれる、誰かのせい」という他人任せな風潮がありますね。教育についても同様です。マナーや社会性など、本来なら社会に出る前に学校・家庭で教育すべきことができていない。子どもが“大人”になりきらないまま、社会に出ているんです。多くの知識や優秀な経歴だけでは、社会に通用するとは思えません。社会から本当に必要とされる“生きる力”を身に付ける教育が、重要なのではないでしょうか。
仕事に対しては、幸之助流に言えば“社員稼業”の考え方を持ってほしいですね。つまり一人ひとりが社長であり、自分が主人公だという意識で責任を持って取り組むということ。自ら掴み、作っていくからこそ、仕事はおもしろいんです。 |
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